寺社ぶら「宇佐神宮」!武将たちも崇めた八幡宮の総本社。圧倒的スケールと建築美に迫る

こんにちは。夢中図書館へようこそ!
館長のふゆきです。

歴史好きの館長が、日本全国の名所旧跡をめぐる歴史散策ブログ
今回は、いつものお城めぐりではなく、歴史ある古社を探訪する特別編、「寺社ぶら」です。

今日の夢中は、大分県宇佐市にある歴史好きなら誰もが一度は憧れる聖地、「宇佐神宮」へ。
寺社ぶら「宇佐神宮」!武将たちも崇めた八幡宮の総本社。圧倒的スケールと建築美に迫る…です。

■宇佐神宮

大分県宇佐市にある「宇佐神宮」は、全国に4万社以上ある八幡宮の総本社です。

宇佐神宮の歴史は、日本の国家の成り立ちや神仏信仰の広まりと深く結びついています。
始まりは571年。欽明天皇の時代に、この地に初めて八幡大神(応神天皇のご神霊)が現れたと伝えられています。

その後、神亀2年(725年)小椋山に社殿(一之御殿)が造営されました。これが宇佐神宮の公式な創建となります。
平安時代には、九州最大の荘園領主となるまで隆盛を誇ります。中央からも、宇佐神宮の神託が国家の意思決定に関わるほど、重んじられました。
鎌倉時代、元寇の危機に際しては、敵を退けた「神風」は八幡様が吹かせたものと信じられ、全国の武士たちから「勝利の神」として絶大な信仰を集めるようになります。

戦国時代には激しい戦乱に巻き込まれ、大友宗麟によって社殿が焼き討ちされる悲劇もありました。
しかし、九州を平定した豊臣秀吉や、その後豊前国に入った名軍師・黒田官兵衛(孝高)・長政親子、そして細川忠興ら名だたる武将たちの手によって、見事に再建の道を歩み、現在の荘厳な姿へとつながっています。

■寺社ぶらり

それでは、全国4万社あまりある八幡宮の総本社とされる「宇佐神宮」を参拝しましょう。
赤い大鳥居を通って境内へ。さすがは総本社、鳥居もでかいし、境内もものすごく広い…。

(大鳥居)

まずは階段を上がった山の上にある「上宮」へ。ここには一之御殿、二之御殿、三之御殿が美しく並んでいます。
参拝者を迎えてくれるのは、その御殿を守る「南中楼門」。その赤くそびえ立つ姿から、神聖なオーラが放たれているように感じます。

(上宮・南中楼門)

ちなみに、ここ宇佐神宮の参拝作法は、一般的な「二礼・二拍手・一礼」ではありません。
出雲大社などと同じ「二礼・四拍手・一礼」が古くからの作法とされています。ちょっとドギマギしましたが、しっかりと4回手を叩いてお参りしました。

(上宮・南中楼門)

この上宮のすぐ近くに建つ「西大門」は、文禄のころ(1592年~1596年)の建造とされる桃山風の華麗な様式
その前の木造鳥居は「宇佐鳥居」と称する、額束がなく、台輪を柱上に置く宇佐古来の形式。大鳥居をはじめ他の鳥居はすべてこれと同じ形式となっています。

(西大門)

続いて、階段を下って「下宮」を参拝します。嵯峨天皇の弘仁年間(810年代)に勅願によって創建されたと伝わります。
そのとき宇佐神宮の神様は上下両宮にご鎮座となったとされ、今も「下宮参らにゃ片参り」と両宮の参拝が推奨されています。

(下宮)

他にも境内には、多くの摂社や末社があって、両宮参拝どころか、何社もお参りできます。
また、仏堂跡もあって、この地が日本固有の神道と仏教が融合する「神仏習合」の先駆けとなったことも偲ぶことができました。

(左:末社の一つ・八坂神社、右:法華三昧堂跡)

宇佐神宮は、単なるパワースポットという言葉だけでは片付けられない、日本の歴史、文化、そして武士たちの祈りが凝縮された特別な場所でした。
一歩足を踏み入れると、原生林に囲まれた厳かな空気に包まれ、身が引き締まるような感覚を味わえます。

お城めぐりが好きな方も、歴史ファンの方も、大分を訪れた際はぜひこの八幡宮の総本社へ足を運んでみてください。
今日の夢中は、寺社ぶら「宇佐神宮」!武将たちも崇めた八幡宮の総本社。圧倒的スケールと建築美に迫る…でした。

ありがとう、宇佐神宮! ありがとう、八幡宮の総本社!

■基本情報

名称:宇佐神宮
住所:大分県宇佐市南宇佐2859
アクセス:JR「宇佐駅」からバス、または車
開門時間:6:00~18:00

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