
こんにちは。夢中図書館へようこそ!
館長のふゆきです。
街あるき好きにして、歴史好き。
そんな人たちにとって最高の旅。それが城めぐりのぶらり旅、略して「城ぶら」です。
今日の夢中は、「本能寺」のその先へ。三日天下の終着点、京都東山「明智光秀の塚」に眠る無念と祈り…です。

■歴史と沿革
本能寺で織田信長を討ち果たし、一躍歴史の表舞台の頂点に立った明智光秀。しかし、その栄華は長くは続きませんでした。
本能寺の変を知った羽柴秀吉は、備中高松城での毛利方との和睦を急ぎまとめ、すぐさま京都へと軍を返します。
これが世に言う「中国大返し」。この時の秀吉の行軍スピードは、人間の常識を遥かに超えた「神速」そのものでした。
この電光石火の進軍が、光秀の運命の歯車を完全に狂わせました。本能寺の変からわずか11日後、光秀は山崎で秀吉の軍勢と激突します。
態勢を十分に整えられないまま決戦に臨んだ明智軍は、勢いづく羽柴軍を前に敗走。壊滅的な被害を受けました。
敗れた光秀は、自身の拠点である坂本城を目指して、夜闇に乗じて落ち延びていきました。
しかしその途中、山科の「小栗栖」の竹やぶに差し掛かったところで、落ち武者狩りの百姓に襲われ、非業の死を遂げたと伝えられています(諸説あり)。
■明智光秀の塚
いわゆる「三日天下」の最期を迎えた明智光秀の首が、実は京都の東山にひっそりと祀られているのをご存知でしょうか。
光秀の首の行方についても諸説ありますが、その一つに、光秀の家臣が密かに持ち去ったというものがあります。
主人の首を敵の手に渡さないため、家臣たちが人目を避けて埋葬した場所が、現在の首塚と言われています。
祇園や東山の華やかな観光地から少し離れた路地裏に、その首塚はあります。
歩いてその場所に足を踏み入れると、清らかな白川の水音がしんしんと響く、時が止まったような一画でした。

白川筋の京町家が立ち並ぶ細い路地の奥に、小さな祠と石塔が祀られています。
これが、知る人ぞ知る歴史スポット、光秀の首が眠るとされる「明智光秀の塚」です。

祠には「奉納 光秀公」の文字。石塔の前の供物台には、明智家の家紋である「桔梗」が刻まれています。
それを見ると、本能寺の変の主役がここに眠っているのだという実感がわいてきます。今でも生花が供えられており、光秀が今なお人々の祈りに守られていることに感動しました。


主君を裏切った冷酷な反逆者とみなされることも多い光秀ですが、昨今の研究で評価の見直しが進んでいます。
それによると、高い教養を持つ文化人であると同時に、領内の治安維持や産業振興に手腕を発揮した優れた為政者でもあったようです。

そんな領民思いの殿様がなぜ、主君を裏切るという決断に至ったのか…。残念ながら「明智光秀の塚」は、その答えを教えてはくれません。
そこにあるのは、本能寺の変からわずか10数日で散った戦国武将の無念と、それを何百年もやさしく包み込んできた京都の人々の祈りでした。
今日の夢中は、「本能寺」のその先へ。三日天下の終着点、京都東山「明智光秀の塚」に眠る無念と祈り…でした。
ありがとう、明智光秀の塚! 京都東山に残る明智光秀を祀るスポットでした。
■基本情報
名称:明智光秀の塚
住所:京都府京都市東山区梅宮町474−23
アクセス:京都市営地下鉄「東山」駅から徒歩5分、京阪本線「三条」駅から徒歩約10分
開場時間:24時間








