城ぶら「芝山城」!海を守る鉄壁の砦。香西氏の重臣・渡辺兄弟が守り抜いた水城

こんにちは。夢中図書館へようこそ!
館長のふゆきです。

街あるき好きにして、歴史好き。
そんな人たちにとって最高の旅。それが城めぐりのぶらり旅、略して「城ぶら」です。

今日の夢中は、城ぶら「芝山城」!海を守る鉄壁の砦。香西氏の重臣・渡辺兄弟が守り抜いた水城です。

■城語り

芝山城は、香川県を代表する山城「勝賀城」の麓、北側の海沿いに位置する香西氏の有力な支城(出城)です。

讃岐の有力国人・香西氏は、勝賀城を本拠地としつつ、周辺に複数の支城を配置して防御網を敷いていました。
芝山城はその中でも、海からの攻撃を警戒し、物資の運搬を管理する非常に重要な役割を担っていました。

この城を守っていたのが、香西氏の家臣である渡辺市之亟(いちのじょう)と三之亟(さんのじょう)の兄弟です。
彼らは弓の名手、あるいは武芸に秀でた勇将として知られ、主家への忠義に厚い人物たちでした。

天正10年(1582年)、土佐の長宗我部元親が讃岐に侵攻すると、香西氏とともに激しい防衛戦を繰り広げます。香西氏が降伏したのちは、主君に従い長宗我部氏の配下となりました。
天正11年(1583年)、羽柴家臣・小西行長が軍船で来航した際には、市之亟は芝山城内から大砲を撃ち放って行長を追い払ったとされます。

天正13年(1585年)、豊臣秀吉が四国征伐を開始すると、長宗我部氏は敗北。香西氏も所領を失い改易となりました。
それに伴い芝山城も廃城となったと考えられます。渡辺兄弟のその後については分かっていません。

■城ぶらり

それでは、香西氏に仕えた武将・渡辺兄弟ゆかりの「芝山城」跡をぶら歩きしましょう。

この城の最大の特徴は、かつては瀬戸内海の波打ち際に突き出した「水城」であったことです。
もとは高さ約30mの断崖の小島であった「芝山」に、香西氏が海防のために築いた出城が「芝山城」です。

その城跡を訪れると、現在は周囲が埋め立てられているため、水城の形跡は残っていません。
しかし、いまに残る小高い丘陵は、まさに「砦」。急な階段や周囲の段差を見ると、敵が攻めにくいように工夫された城としての構造をしていることが分かります。

長い階段を上ると、そこには芝山神社が鎮座しています。激戦の地であった場所が、今は静かな祈りの場になっているんですね…。
近くの案内板には、ここに「本丸」「北ノ丸」「南ノ丸」があったことが記されています。渡辺市之亟・三之亟兄弟が守っていたことも…。

詳細な縄張りは分かりませんが、神社の脇や裏手には、曲輪跡のような平地も見受けられます。
そして、眼下に広がるのは、瀬戸内海に浮かぶ島々…。渡辺兄弟は、ここから小西行長軍に大砲を放ったのかもしれません。

芝山城は、派手な石垣や天守はありませんが、讃岐を守るために戦った兄弟の記憶が刻まれています。
以前紹介した勝賀城とセットで訪れると、香西氏がいかに鉄壁の守りで固めていたかをよく理解できます。

讃岐に生きた戦国武士の意地を感じる旅へ、ぜひ芝山城跡へ足を運んでみてください。
今日の夢中は、城ぶら「芝山城」!海を守る鉄壁の砦。香西氏の重臣・渡辺兄弟が守り抜いた水城でした。

ありがとう、芝山城! ありがとう、渡辺兄弟!

■基本情報

名称:芝山城跡
住所:香川県高松市香西北町
アクセス:JR予讃線「香西駅」から徒歩約20分
開城時間:24時間

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