城ぶら「丸亀城」!日本一の高さに圧倒…美しき扇の勾配に守られた石垣の要塞

こんにちは。夢中図書館へようこそ!
館長のふゆきです。

街あるき好きにして、歴史好き。
そんな人たちにとって最高の旅。それが城めぐりのぶらり旅、略して「城ぶら」です。

今日の夢中は、城ぶら「丸亀城」!日本一の高さに圧倒…美しき扇の勾配に守られた石垣の要塞です。

■城語り

まずは、物語りならぬ城語り(しろがたり)から。

丸亀城の歴史は、慶長2年(1597年)豊臣政権の時代に、生駒親正が高松城の支城として亀山(丸亀)に支城を築いたことに始まります。
当時はまさに「石垣の城」が普及し始めた時期であり、丸亀城もその築城技術を注ぎ込んで設計されました。慶長7年(1602年)、6年の歳月を要して、ほぼ現在の城郭が完成しました。

しかし元和元年(1615年)、徳川幕府が発令した「一国一城令」によって、丸亀城は破却される瀬戸際をむかえます。
時の藩主・生駒正俊は、要所要所を樹木で覆い隠すなど、立ち入りを厳しく制限。「これは城ではなく、ただの屋敷だ」と強弁し、丸亀城の石垣や建物を守り抜きました。

再び光が当たったのは寛永18年(1641年)のこと。山崎家治が城主として入封すると、丸亀城の改築に着手します。
これは、幕府が瀬戸内の島々にいたキリシタンの蜂起に備えるために指示したと考えられ、家治は参勤交代を免除され突貫工事を行いました。
現在に残る高く美しい「扇の勾配」を持つ高石垣の多くは、この山崎氏の時代に築かれたものです。

その後、万治元年(1658年)からは京極氏が城主となり、明治維新まで代々この地を治めることになります。
現在、私たちが目にしている日本最小の現存天守は、万治3年(1660年)に京極高和によって完成されたものです。

■城ぶらり

それでは、生駒氏から山崎氏、そして京極氏へと歴史をつないだ、四国の名城「丸亀城」をぶら歩きしましょう。日本100名城の一つです。

何といっても最大の見どころは、四層につらなる日本一の高さの石垣です。
山麓から本丸まで4段に重なる石垣は、合わせるとその高さが約60メートルとなり、総高として日本一となります。

その規模はもちろん、積み上げられた石垣の美しさも、丸亀城の魅力です。
特に三の丸の北側に築かれた高石垣は、高さ20メートル以上あり、上に行くほど急な勾配となる「扇の勾配」と呼ばれる美しい勾配で築かれています。

そんな石垣群に守られた山頂部に立つ天守は、日本に12しか残っていない江戸時代以前に建造された天守の一つ。
実は、現存天守の中で日本一小さな天守なんです。そのため、丸亀城を三重櫓とする説もあるくらい。
ただ、やはり天守があると城として風格が増しますよね…。内部は急な階段があり、当時の武士の息遣いが聞こえてきそうなほどリアルな質感でした。

さらに、大手一の門・二の門も見どころの一つ。敵を四方から攻撃できるよう、門が直角に配置された「枡形」という構造になっています。
敵が攻め込んできたら、門の上にある櫓から銃弾を浴びせたり、石を落としたりできるような仕掛けが施されています。丸亀城の防御の固さを肌で感じました。

丸亀城は、その圧倒的な石垣の高さと、対照的にコンパクトで気品ある天守のバランスが唯一無二のお城です。
歴史好きはもちろん、カメラ好きの方も絶対に満足できるスポットです。香川を訪れた際は、ぜひこの「石垣の芸術」をその目で確かめてみてください。

今日の夢中は、城ぶら「丸亀城」!日本一の高さに圧倒…美しき扇の勾配に守られた石垣の要塞でした。
ありがとう、丸亀城! 日本100名城の一つです。

■基本情報

名称:丸亀城
住所:香川県丸亀市一番丁
アクセス:JR予讃線「丸亀駅」から徒歩約10分〜15分
開城時間:天守は9:00~16:00、園内は24時間

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