
こんにちは。夢中図書館へようこそ!
館長のふゆきです。
街あるき好きにして、歴史好き。
そんな人たちにとって最高の旅。それが城めぐりのぶらり旅、略して「城ぶら」です。
今日の夢中は、城ぶら「御器所西城」!織田家を支えた佐久間氏ゆかりの城跡。今は徳川ゆかりの神社に…です。

■城語り
まずは、物語りならぬ城語り(しろがたり)から。
御器所西城(ごきそにしじょう)は、15世紀の中ごろ、佐久間家勝によって築かれたと伝えられています。
当時この辺りは、熱田神宮へ供える土器(御器)を作る職人が住んでいたことから「御器所」(ごきそ)と呼ばれていました。
佐久間氏は、相模三浦氏の流れをくむ名門で、鎌倉時代の承久の乱における功績から、当地を恩賞として賜りました。
戦国時代に入り、佐久間氏は尾張の守護代・織田氏に仕え、その有力な家臣として当地を固めます。
なかでも、家臣団の筆頭家老として織田信長に仕えた佐久間信盛や、「鬼玄蕃」と称された勇将・佐久間盛政などが有名。
盛政は、柴田勝家の甥にあたることから、勝家に与して加賀平定戦を展開。その武功から加賀金沢城の初代城主となっています。
このように佐久間氏は、その戦功により別の領地へ移ったことから、御器所西城はその役目を終えて廃城になったと考えられています。
なお、佐久間盛政は、賤ケ岳の戦いで柴田勝家方の重臣として戦いますが、敗れて羽柴秀吉に捕らえられます。
秀吉は盛政の武勇を惜しんで帰順を諭しますが、盛政はこれを拒否。京で処刑されました。
■城ぶらり
それでは、織田氏家臣団で重きをなした佐久間氏ゆかりの御器所西城跡をぶら歩きしましょう。
御器所西城跡はいま、愛知県名古屋市にある「尾陽神社」(びようじんじゃ)となっています。
境内の入り口に立つ石柱の側面に「御器所西城址」という刻み文字があり、ここが城跡であったことを示しています。


尾陽神社は、徳川家康の9男で初代尾張藩主(名古屋藩主)の徳川義直と、尾張藩最後の藩主の徳川慶勝を祭る神社で、明治期末に創建されました。
織田信長に仕えた佐久間氏ゆかりの御器所西城跡に、織田信長と同盟関係であった徳川家康ゆかりの神社が建っているというのは、なんとも感慨深いものがあります。


徳川ゆかりの神社であることを示すように、門や馬の像に葵の御門が輝いていました。
一方で、当時の城跡を示す遺構は残っていません。やや面影を残すものとしては、当地が小高い丘陵状となっていることでしょうか。
神社石段を支える石垣は後世のものということですが、城跡の雰囲気を醸し出していました。


御器所西城は、名古屋の日常風景の中にひっそり佇む戦国の忘れ物のような場所でした。そこには、織田から徳川へ託された天下統一の夢の一コマ刻まれています。
今日の夢中は、城ぶら「御器所西城」!織田家を支えた佐久間氏ゆかりの城跡。今は徳川ゆかりの神社に…でした。
ありがとう、御器所西城跡! ありがとう、尾陽神社!
■基本情報
名称:御器所西城跡(尾陽神社)
住所:愛知県名古屋市昭和区御器所2丁目9−19
アクセス:地下鉄鶴舞線「荒畑駅」から徒歩約10分
開城時間:24時間








