寺社ぶら「弥彦神社」!上杉謙信も勝利を祈った越後一宮。山頂の聖地・御神廟を巡る歴史旅

こんにちは。夢中図書館へようこそ!
館長のふゆきです。

歴史好きの館長が、日本全国の名所旧跡をめぐる歴史散策ブログ
今回は、いつものお城めぐりではなく、歴史ある古社を探訪する特別編、「寺社ぶら」です。

今日の夢中は、創建から2400年以上の歴史を持つ越後一宮、「弥彦神社」へ。
寺社ぶら「弥彦神社」!上杉謙信も勝利を祈った越後一宮。山頂の聖地・御神廟を巡る歴史旅…です。

■弥彦神社

弥彦神社(彌彦神社)の歴史は非常に古く、万葉集にも詠まれるほどです。武将たちとの関わりを中心に、時系列でその歩みをひも解いてみましょう。

御祭神は、天照大御神のひ孫にあたる「天香山命」(あめのかごやまのみこと)です。
神話の時代、この越後の地に降臨し、地元の民に野を耕し、網を編んで魚を獲り、塩を焼くといった「生きる術」を教えたと言われています。

いわば、越後の「国造りの神様」として崇拝され、当地はもちろん、中央の朝廷からも手厚く保護されました。
武士の時代になっても厚い信仰は変わらず、武運長久を祈る武士たちの精神的支柱となっていきます。

戦国時代、戦国最強と謳われた上杉謙信は、宿敵・武田信玄との決戦を前に、自らの信仰と不退転の決意を記した「願文」を奉納しています。
さらに戦勝の御礼として、現在は国宝となっている「志田大太刀」を奉納しました。謙信にとって、弥彦の神様は自らの正義を証明するための絶対的な存在だったのです。

江戸時代に入っても、長岡藩主の牧野家や高田藩主の榊原家など、歴代の譜代大名から手厚く庇護を受けます。
明治45年(1912年)に大火で社殿が全焼するという悲劇に見舞われますが、大正大造営によって大正5年(1916年)に現在の荘厳な姿へと再建され、今に至ります。

■寺社ぶらり

それでは、創建から2400年以上の歴史を持つ古社「弥彦神社」を参拝しましょう。
越後国の一宮です。鳥居をくぐり、樹齢数百年の杉や椎の巨木に囲まれた参道を歩いて、本殿へと向かいます。

入口にあたる随神門をくぐると、目の前に現れたのが、越後一宮・弥彦神社の「本殿」(拝殿)です。
背景にそびえる弥彦山がちょうど本殿の真後ろに位置しており、山全体の霊気を受け止めるように建てられています。

この日は、本殿の前に「茅の輪」が設置されていました。正面で一礼して、8の字を描くようにこの輪をくぐって神前へと向かいます。
参拝の方法は、一般的な作法とは異なり「二礼・四拍手・一礼」です。手を4回叩くのは「し(幸せ)」を呼ぶためとも言われているそうです。

続いて、境内から無料シャトルバスでロープウェイ山麓駅へ向かい、一気に山頂へと登ります。
ロープウェイの車窓からは、広大な越後平野が一望できました。山頂駅付近には展望レストランや展望タワーもあり、天空からの絶景を楽しむことができます。

山頂駅からさらに登山道を20分ほど歩くと、弥彦山の実質最高所に位置する、弥彦神社の聖地に辿り着きます。
それが、弥彦神社の奥宮「御神廟」(ごしんびょう)。御祭神である天香山命とその妃神が眠る墓所です。

周囲は柵で囲まれており、小さな鳥居の奥に静かに佇んでいます。古くから人が立ち入ることを禁じられた「禁足地」の雰囲気を色濃く残しています。
当地に立つと、越後平野と反対側には佐渡島が浮かぶ日本海が大パノラマで広がります。その光景に、神様がここから越後の国を見守っているんだなと実感。感謝せずにはいられませんでした。

弥彦神社は、麓の荘厳な社殿から山頂の神秘的な御神廟まで、まさに「神の山」の圧倒的なスケールを体感できる素晴らしいスポットでした。
戦国の世に「越後の龍」と恐れられた上杉謙信も深く帰依したという弥彦神社。実際に当地をめぐって、その理由もよく分かる気がしました。

今日の夢中は、寺社ぶら「弥彦神社」!上杉謙信も勝利を祈った越後一宮。山頂の聖地・御神廟を巡る歴史旅でした。
ありがとう、弥彦神社! ありがとう、越後一宮!

■基本情報

名称:弥彦神社(彌彦神社)
住所:新潟県西蒲原郡弥彦村弥彦2887−2
アクセス:JR弥彦駅から徒歩18分または車
営業時間:8:30~16:30

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