
こんにちは。夢中図書館へようこそ!
館長のふゆきです。
街あるき好きにして、歴史好き。
そんな人たちにとって最高の旅。それが城めぐりのぶらり旅、略して「城ぶら」です。
今日の夢中は、城ぶら「末森城」!織田信長に抗った弟・信行の居城。今も残る巨大空堀跡です。

■城語り
まずは、物語りならぬ城語り(しろがたり)から。
末森城(すえもりじょう)は、天文17年(1548年)、織田信長の父である織田信秀によって築かれました。
三河の松平氏や駿河の今川氏の侵攻に備えてのもので、信秀は古渡城からこの末森城へ本拠を移しました。
しかし、そのわずか数年後、信秀はこの城で没します。末森城を継いだのは、信長の弟である織田信行(信勝)でした。
信行は、素行の悪かった兄・信長に代わって織田家の正当な後継者になろうと画策します。
弘治2年(1556年)、ついに兄弟の対立が爆発。信行は、兄信長に叛旗を翻しますが、稲生の戦いで敗れて敗北。
このとき、末森城内にいた母・土田御前のとりなしで、信行は赦免され、末森城は陥落をまぬがれました。
一度は信長の軍門に下った信行ですが、その後も信長に対する敵意を持ち続けました。
永禄元年(1558年)、信行は再び謀反を企てると、その動きを察知した信長によって清須城で謀殺されました。末森城は、その翌年に廃城になったといわれます。
■城ぶらり
それでは、かつての織田氏の中心地のひとつ、織田信秀・信行ゆかりの末森城跡をぶら歩きしましょう。
末森城は、東山丘陵地の末端、標高43メートルの丘に築かれた平山城です。現在の名古屋市千種区城山町にあります。
本丸跡は現在、城山八幡宮の境内となっています。この八幡宮は、織田信行が城内に建立した白山社を起源としています。


境内の一角には、かつて城跡であったことを示す「末森城址」の石柱が立っていました。
末森城は、東西約180m、南北約150mの規模を誇ったと伝わります。この大きな城の中で、信行は兄・信長に対する黒い野心を養ったのかもしれません。


さらに、この城を攻め難くしているのが、巨大な空堀の存在です。今も深さ7mほどの空堀跡が残っています。
今は市街地と化した場所に、これほど生々しい戦国の堀跡が残っているとは驚きです。信長軍もここを這い上がるのは至難の業であったことでしょう。


この深く巨大な空堀のように、信長と信行兄弟の隔たりは大きく、その溝は埋まることはありませんでした。
かつて末森城を治めた信行を鎮魂するように、当地がいま信仰の地となっているのが、せめての救いでしょうか。
今日の夢中は、城ぶら「末森城」!織田信長に抗った弟・信行の居城。今も残る巨大空堀跡でした。
ありがとう、末森城! 織田信秀・信行ゆかりの城跡でした。
■基本情報
名称:末森城跡
住所:愛知県名古屋市千種区城山町2丁目88−88
アクセス:地下鉄東山線・名城線「本山駅」から徒歩約7分
開城時間:24時間








