城ぶら「花隈城」!神戸の街に眠る戦国の記憶…荒木村重の叛乱、終結の地

こんにちは。夢中図書館へようこそ!
館長のふゆきです。

街あるき好きにして、歴史好き。
そんな人たちにとって最高の旅。それが城めぐりのぶらり旅、略して「城ぶら」です。

今日の夢中は、城ぶら「花隈城」!神戸の街に眠る戦国の記憶…荒木村重の叛乱、終結の地です。

■城語り

まずは、物語りならぬ城語り(しろがたり)から。

有岡城の戦いで有岡城を失い、さらに尼崎城も追われ、いよいよ追い詰められた荒木村重
彼が最後に選んだ抵抗の地が「花隈城」です。背後に海を控え、毛利水軍からの補給や援軍を期待できる、村重にとって最後の希望の地でした。

天正8年(1580年)、村重ら荒木勢が花隈城に立てこもると、これを追撃して織田方の猛将・池田恒興の軍勢が押し寄せます。
恒興は正面から攻めるのが困難と見るや、城の周囲に複数の付城(出城)を築き、じわじわと包囲網を狭めていきました。

取り囲まれるなかでも果敢に出撃して池田軍に打撃を与えた荒木軍でしたが、ついに終戦のときを迎えます。
同年7月、池田軍が総攻撃を開始すると、激しい白兵戦の末、花隈城は力尽きて落城。荒木方の将兵の多くが討ち取られました。

村重は夜陰に紛れて城を脱出し、西国の毛利氏のもとへと亡命しました。
これにより、摂津を舞台にした荒木村重の反乱は、ここ花隈の地で完全に終結したのです。

■城ぶらり

尼崎城を脱出した荒木村重が向かった、最後の抵抗の地。それが、「花隈城」でした。
現在の神戸市中央区、JR元町駅の西側にあった花隈城は、当時は海に面した断崖絶壁の上に建つ要塞でした。

いまは、海岸は埋め立てられビルが建ち並び、かつての戦国の風景は現代の都市に一新されています。
それでも、そんな都会の喧騒の中に突如として現れる石垣の壁…。それが花隈城跡に整備された「花隈公園」です。

実はこれ、「模擬石垣」で当時のものではありません。かつての石垣は、後に当地近くに築かれた兵庫城に転用・移築されました。
それでも、こうして模擬石垣が築かれたのは、城ファンとしては嬉しいですね。見上げる石垣は迫力満点…ここが要塞だったことを再認識させてくれます。

同じように、公園内には「模擬天守台」も整備されています。こちらも当時のものではありませんが、かつての城跡を思い起こすのには十分。
実際に史料には、花隈城に天守や本丸、二の丸、三の丸、さらには櫓もあったことが伝えられています。村重が反撃の拠点としたのも分かる堅城です。

公園内には、ここが歴史の舞台であったことを示す「花隈城址」の石碑が立っています。
住宅街やオフィスビルに囲まれた中で、この碑の前に立つと、ここが「信長vs村重」の最前線だったという事実に圧倒されます。
村重が何を思い、最後にこの地を去ったのか…。歴史の余韻に浸れるポイントです。

今日の夢中は、城ぶら「花隈城」!神戸の街に眠る戦国の記憶…荒木村重の叛乱、終結の地でした。
ありがとう、花隈城! 荒木村重、最後の戦いの跡でした。

■基本情報

名称:花隈城址(花隈公園)
住所:兵庫県神戸市中央区花隈町1−5−4
アクセス:阪急「花隈駅」から徒歩4分、JR「元町駅」から徒歩8分
開城時間:24時間

ブログランキングに参加しています

この記事が気に入ったら
フォローしよう

最新情報をお届けします

Xでフォローしよう

おすすめの記事