寺社ぶら「白旗神社」!源義経を祀る藤沢の神社と義経の首伝説

こんにちは。夢中図書館へようこそ!
館長のふゆきです。

今日の夢中は、「城ぶら」ならぬ「寺社ぶら」、源義経ゆかりの「白旗神社」(藤沢)を訪れます。

■義経の首

兄頼朝と対立し、奥州藤原氏のもとに逃れた源義経
ときの当主・藤原秀衡は義経を庇護しましたが、息子泰衡は頼朝の圧力に抗しきれず、義経を急襲。義経は、奥州平泉の地で無念の最期を遂げました…。

義経の首は、新田高平(藤原高衡)を使者として鎌倉に届けられました。
そして文治5年(1189)6月、梶原景時と和田義盛によって、腰越の浦で首実験が行われました。兄頼朝は最後まで義経の首を見なかったようです。

伝承によればその後、義経の首は藤沢に葬られ、その御霊は寒川神社(後の白旗神社)に祀られました。
なお、義経の胴体は、宮城県栗原市の判官森に埋葬されたと伝えらえています。

■白旗神社

それでは、源義経ゆかりの神奈川県藤沢へ。
はじめに、寒川比古命と源義経を主祭神として祀る「白旗神社」に向かいます。

鳥居をくぐるとそこに、「源義経公武蔵坊弁慶公之像」がありました。
これは令和元年(2019)、義経・弁慶主従の没後830年に建てられたもの。出陣のときでしょうか…。2人の絆オーラが強く放たれてますね。

白旗がたなびく石段を登ると、荘重な社殿が建っています。
火災等により度々再建がなされ、現在の社殿は天保6年(1835)に造営されたものです。

その袂に、「源義経公鎮魂碑」が建っています。
こちらは、「御骸」(胴体)を埋葬する宮城県栗原市と「御首」を埋葬する神奈川県藤沢市の両地が義経の霊を合わせて祀ったもの。義経没後800年の平成11年(1999)に建立されました。

■義経の首塚と弁慶塚

白旗神社の南に約150mのところに、義経の首が埋葬されたとされる場所があります。
史跡「源義経の首塚」。そこには、「源義経公之首塚」と刻まれた石碑が建っています。

さらに、義経の首を洗ったという「伝 義経首洗井戸」(でんよしつねくびあらいいど)も。
里に残る言い伝えでは、腰越の浦で首実検された義経の首は浜に捨てられましたが、その後潮にのって川をさかのぼり、この地に流れ着きました。それを拾った里人が首を洗い清めたのが、この井戸だと伝えられています。

また、さらに足を伸ばすと、武蔵坊弁慶の首塚とされる「弁慶塚」があります。
この場所は、もとは弁慶の霊を祀る八王子社があったところ。今は、浄光寺の境内にあります。

弁慶塚と掘られた石塔は、主君源義経を祀る白旗神社の方を向いています。
死してなお、義経に忠誠を誓う…。まさに、最後まで義経を守って立ち往生した弁慶の生き様そのものですね…。

それにしても、藤沢にこんな義経ゆかりの史跡があるとは知らなんだ…。
悲運の武将、源義経。鎌倉が武家政権成立でわき立つその影で、静かにたたずむ悲しい物語がありました。機会があれば、供養に訪れてみてはいかがでしょうか。

■基本情報

名称:白旗神社(藤沢)
所在地:神奈川県藤沢市藤沢2丁目4−7
アクセス:小田急「藤沢本町」駅から徒歩7分

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